ノンリコース型とリコース型ファクタリング――。
CFOや財務責任者にとって、この選択は単なる資金調達手法の決定に留まりません。
それは、会社の「リスク哲学」そのものを問う、重い判断です。
どうも、桐生智彰です。
上場準備中の企業や中堅メーカーで14年間CFOとして働き、総額350億円以上の資金調達を仕切ってきました。
リーマンショックの渦中、月末に10億円の資金がショートする危機を乗り越えた経験もあります。
あの時のヒリつくような感覚は、今でも私の判断軸の根底にあります。
この記事の目的は、教科書的な解説をすることではありません。
「キャッシュは酸素」であり、「資金繰りは社内政治の体温計」であるという現場感覚から、なぜ私が当時「リコース型」を選んだのか。
その判断の裏にあった、営業部や法務部とのリアルなやり取り、そしてCFOとしての“覚悟”について、包み隠さずお話しします。
資金調達の判断は、決して綺麗ごとでは済みません。
この記事を読めば、その裏にある“社内政治”と“リスク哲学”を読み解き、あなたの会社にとって最適な選択をするための「生きた判断軸」を手に入れられるはずです。
目次
そもそも、ノンリコース型とリコース型とは何か?
ファクタリングの基本構造と登場人物
まず、基本からおさらいしましょう。
ファクタリングとは、会社が持つ「売掛金(請求書)」をファクタリング会社に買い取ってもらい、入金日より前に現金化する手法です。
登場人物はシンプルに3者。
- あなた(自社):売掛金を持っている
- 取引先(売掛先):あなたにお金を支払う義務がある
- ファクタリング会社:あなたの売掛金を買い取ってくれる
このシンプルな関係の中で、一つの重要な論点が生まれます。
「もし、取引先が倒産したら、その売掛金はどうなるのか?」
この問いへの答えこそが、ノンリコース型とリコース型を分ける核心です。
両者の違いを一言で言うなら:「誰が最後に責任を持つか」
この二つの違いは、突き詰めれば「貸し倒れリスクを誰が背負うか」という一点に尽きます。
専門用語で言う「償還請求権」の有無、これが全てです。
比較項目 | ノンリコース型(償還請求権なし) | リコース型(償還請求権あり) |
---|---|---|
一言で言うと | 売掛金の「売り切り」 | 売掛金を「担保にした借金」 |
取引先が倒産したら | ファクタリング会社が損を被る | 自社が買い戻す責任を負う |
手数料 | 高い(リスク分が上乗せされる) | 安い(リスクが低い分) |
CFOの心の声 | 「安心料は高いが、後腐れなし」 | 「手数料は安いが、最後まで気が抜けない」 |
ノンリコースは、売掛債権という“資産”を完全に売却するイメージです。
一度売ってしまえば、その資産が将来どうなろうと関係ない。
だから安心ですが、ファクタリング会社はそのリスクを負う分、手数料を高く設定します。
一方、リコースは、売掛債権を“担保”に入れてお金を借りるイメージに近い。
もし担保の価値がなくなったら(=取引先が倒産したら)、借りた側がその責任を取らなければなりません。
だから手数料は安いのです。
資金繰り現場でどう見えるか?―資金調達側のリアルな温度感
現場のCFOから見ると、この選択は数字以上の意味を持ちます。
「ノンリコースの手数料、あと0.5%安ければ即決なんだが…」
「リコースで進めたいが、あの取引先の最近の噂がどうも気になる…」
「営業部長は『うちの取引先に限って倒産なんてあり得ない』と豪語しているが、その保証は誰が取るんだ?」
こんな心の声が、毎日のように聞こえてきます。
手数料という目先のキャッシュアウトを取るか、将来の不確実なリスクに備えるか。
これは、会社の財務体力、リスク管理文化、そして経営陣の性格そのものが反映される、極めて人間臭い判断なのです。
CFOとしての判断ポイント—なぜ“ノンリコース型”を選ばなかったか?
私が中堅メーカーのCFOだった頃、ある大型案件でファクタリングの利用を検討しました。
結論から言うと、私は「リコース型」を選びました。
手数料が安いから、という単純な理由だけではありません。
そこには、CFOとしての打算と、社内を巻き込むための明確な戦略がありました。
PDCAログ①:リコース型契約前後の週次CF比較
言葉で説明するより、実際の数字を見てもらうのが早いでしょう。
これは、当時の週次キャッシュフロー(CF)予測を簡略化したものです。
【ファクタリング検討前のCF予測】
- 来月末の支払手形:▲2億円
- 予想キャッシュ残高:+1.5億円
- 不足額:▲0.5億円 😱
【ノンリコース型(手数料3.0%)の場合】
- 調達額:2億円 × (1 – 0.03) = 1.94億円
- 月末予想キャッシュ残高:1.5億円 + 1.94億円 – 2億円 = 1.44億円
【リコース型(手数料1.5%)の場合】
- 調達額:2億円 × (1 – 0.015) = 1.97億円
- 月末予想キャッシュ残高:1.5億円 + 1.97億円 – 2億円 = 1.47億円
差額はわずか300万円。
しかし、CFOにとってこの300万円は単なる数字ではありません。
これは「リスクを自社でコントロールする」という意思表示の対価であり、他の投資に回せる貴重な「酸素」なのです。
検討時の社内会議ログ:「営業部と法務の板挟み」実録
この判断を下すまでには、当然、社内での激しい議論がありました。
営業部長:「桐生さん、何を水臭いことを。A社は創業以来の付き合いだ。倒産なんて天地がひっくり返ってもあり得ない。手数料が安いリコース一択でしょう!」
法務部長:「桐生CFO、営業の精神論は危険です。万が一の場合、償還請求権の行使は避けられません。契約上、リスクヘッジを最優先し、ノンリコースを強く推奨します。」
私(CFO桐生):「お二人の意見はもっともです。では、こうしませんか。今回、差額の300万円は『リスク管理予算』として私が預かる。その代わり、営業部にはA社の与信管理を通常より一段階厳しくしてもらい、週次での報告を義務付ける。法務部には、万が一の際の督促フローを事前に整備してもらう。この体制を組むことを条件に、今回はリコースでいきます。このリスクは、財務部だけで背負うものではなく、全社で管理するものです。」
この提案の狙いは、手数料の節約だけではありません。
資金繰りの問題を、財務部だけの「金庫番の悩み」から、営業部や法務部を巻き込んだ「全社の経営課題」へと昇華させることにありました。
これが、私がリコース型を選んだ最大の理由です。
判断の裏にあった“ババ抜き”リスクへの現実感
ノンリコースは、一見すると安全な選択肢です。
しかし、それは「面倒なリスクは金で解決する」という思考停止に繋がる危険も孕んでいます。
ファクタリング会社は、当然リスクの高い債権は買い取らないか、法外な手数料を要求します。
つまり、本当に危ない“ババ”は、結局自分の手元に残るのです。
ならば、初めから「リスクは自分たちで管理する」という強い意志を持ち、そのための体制を構築する方が、長期的には会社の力を強くする。
私はそう考え、あえて火中の栗を拾いに行く選択をしたのです。
ノンリコース型を選ばなかった“その後”の話
幸い、その取引先A社が倒産することはありませんでした。
しかし、その2年後、別の取引先B社で実際に焦げ付きが発生したのです。
リコース契約だったため、当然、ファクタリング会社から償還請求を受けました。
まさに、あの時の社内会議で懸念されていた事態です。
PDCAログ②:取引先倒産時のキャッシュ対応フロー
しかし、我々は慌てませんでした。
なぜなら、「万が一の事態」を想定した準備ができていたからです。
- 即時報告: 営業担当から倒産の第一報が入ると同時に、事前に構築したフローに則り、私と法務部長に連絡が入る。
- 資金確保: 私は即座に、別で確保していたコミットメントライン(銀行の融資枠)の一部実行を指示。償還請求分のキャッシュを確保。
- ファクタリング会社への連絡: 法務部が契約書に基づき、ファクタリング会社へ状況を報告。支払サイトの交渉を開始。
- 債権回収チーム発足: 法務部と営業部で、B社に対する債権回収チームを即日立ち上げ、資産保全に動く。
あの時、「リスク管理予算」として確保していたキャッシュと、全社でリスクを共有する意識があったからこそ、この迅速な対応が可能でした。
もしノンリコースに安住し、こうした訓練を怠っていたら、突然の倒産報告に右往左往し、対応が後手に回っていたでしょう。
ファクタリング会社との「手数料交渉シナリオ」公開
リコース契約を継続し、ファクタリング会社と良好な関係を築いていたことも、副産物を生みました。
我々は、単に「利用する側」ではなく、リスク管理体制を共有する「パートナー」として認識されるようになっていたのです。
これにより、新規のファクタリング契約において、手数料の交渉が有利に進むようになりました。
「御社は与信管理が徹底されているので、通常より0.2%ディスカウントします」
こうした提案を、ファクタリング会社側から受けるようになったのです。
リスクを自ら引き受ける覚悟が、結果としてコスト削減に繋がった瞬間でした。
社内の信頼形成と「資金繰りは見える化」の副産物
この一連の経験を通じて、社内にも大きな変化が生まれました。
営業部は「自分たちが取った契約のリスク」を、数字で実感するようになりました。
法務部は、契約書の中の文字だけでなく、それがキャッシュに与える影響を理解しました。
そして何より、「資金繰りはCFOが一人で何とかするもの」という他人事の空気がなくなり、「全社で守り育てるもの」という文化が醸成されたのです。
これこそ、リコース型を選んだことで得られた、手数料以上の最大の果実だったと確信しています。
CFO視点で見るノンリコース型の適材適所
もちろん、私がリコース型を選んだからといって、ノンリコース型を否定するわけではありません。
どんな戦略にも、適材適所があります。
CFOとしては、その両方をカードとして持っておくべきです。
スタートアップ vs 中堅企業:資金調達ステージ別の向き・不向き
企業の成長ステージによって、最適な選択は異なります。
- スタートアップ・成長初期企業
- 結論: ノンリコース型が有効な場合が多い。
- 理由: 信用力が低く、管理体制も未整備なことが多い。まずは事業を成長させることに集中すべきで、取引先の倒産という不確定要素でリソースを割かれるべきではない。多少手数料が高くても、リスクを外部に移転するメリットは大きい。
- 中堅・安定期企業
- 結論: リコース型を主体に検討すべき。
- 理由: 長年の取引で与信データが蓄積されており、管理体制も整っている。リスクを自社でコントロールし、コストを削減する方が合理的。ノンリコースは、新規取引先や海外案件など、リスク評価が難しい場合に限定して利用するのが賢明。
実行前に確認すべき5つの交渉項目
もしあなたがノンリコース型を選ぶのであれば、契約前に最低でも以下の5点は確認・交渉してください。
ファクタリング会社の言いなりになる必要は全くありません。
- 手数料の内訳: 基本手数料以外に、審査料、事務手数料、印紙代など、総額でいくらかかるのかを明確にする。
- 債権譲渡登記の要否: 登記が必要な場合、費用はどちらが負担するのか。また、登記情報から取引先に知られるリスクはないか。
- 契約期間と解約条件: 契約の縛りはないか。中途解約する場合の違約金は発生するのか。
- 入金までのスピード: 申し込みから実際の入金まで、何営業日かかるのか。最短と最長の両方を確認する。
- 対応可能額: 買い取ってもらえる債権額の上限と下限はいくらか。今後の取引拡大にも対応できるか。
「もし今日が資金ショート前夜なら」どう選ぶか?
最後に、究極の質問です。
もし、リーマンショックの時の私のように、明日にも資金がショートする、という極限状態に陥ったらどうするか。
答えは、「選り好みしている場合ではない。使えるものは全て使う」です。
この状況では、ノンリコースもリコースも関係ありません。
最も早く、最も確実にキャッシュを供給してくれる選択肢を、あらゆる手段を講じて実行します。
手数料が高い?知ったことではありません。会社が潰れるよりマシです。
ただし、そうならないために、平時からリスク管理体制を構築し、多様な資金調達の選択肢を準備しておく。
それこそが、CFOの最も重要な仕事なのです。
まとめ
今回の話をまとめましょう。
- ノンリコース型とリコース型の違いは、突き詰めれば「貸し倒れリスクを誰が背負うか」という一点に尽きる。
- ノンリコースは「安心を買う」選択、リコースは「リスクを自ら管理する」選択であり、どちらが良い悪いではない。
- 私がリコース型を選んだのは、コスト削減だけでなく、資金繰りを「全社の経営課題」にするという明確な狙いがあったから。
- リスクを引き受ける覚悟は、時にコスト削減や社内の信頼醸成という副産物を生む。
- 企業のステージや状況によって最適な選択は異なる。特にスタートアップでは、ノンリコースが有効な場面も多い。
結局のところ、この選択は「どちらが良いか」ではなく「あなたの会社は何を背負えるのか、何を背負うべきなのか」という問いに答えることに他なりません。
キャッシュストーリーは、その会社の歴史そのものです。
さて、最後にあなたへの問いです。
この記事を読んで、あなたの会社のリスク哲学を考えた時、
「あなたの会社なら、どこを交渉しますか?」
ぜひ、あなたの考えを聞かせてください。